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「沢登り教室」の事故報告(概要)について PDF 印刷 Eメール

【ご連絡】
ご報告させていただいている「沢登り教室」の事故報告(概要)につきましては掲載から7ヶ月以上経過し、概ね皆様への周知が終わったものと認識し、都連盟ホームページへの掲載は2011年9月30日までとし、それ以後のご対応窓口を、都連盟遭難対策部と致しますので、予めご了承下さる様よろしくお願い申し上げます。

 

去る2010年7月24日奥秩父・滝川の山中におきまして、当連盟主催の「沢登り教室」で、前年度修了生の一人として参加された小野さんが沢に滑落・死亡する重大な事故が発生しました。

 

この事故の救助活動中、埼玉県防災ヘリが墜落し搭乗されていた5名もの多くの方々の人命が失われるなど、多大なご迷惑とご心配をおかけする結果となってしまいました。

都連盟では事故の原因究明と再発防止に向けて、外部委嘱委員3名を含む15名で「遭難事故調査委員会」を委嘱して総合的に調査を行い、講師やメンバーに対する聞き取り調査、現地調査等を行い約4ヶ月かけて「事故調査報告書」をまとめました。

又、会員に対する「事故の説明会」を2011年1月27日に実施し、事故の再発防止に向けた活動を更に見直し、尚一層改善を進める取り組みを新たにスタートいたしました。

詳細は、「事故調査報告書」【購読希望者(1部500円)は、都連盟遭難対策部へ申込ください】に委ねますが、その概要について以下のとおり報告いたします。


(1)事実経過

2010年「沢登り教室」開校まで 沢登り教室は、07年から実施され、昨年で4回目になります。今回の事故は、都連盟主催の「沢登り教室」の実技山行中に発生しました。

2010年の「沢登り教室」は、4月26日の沢ネットワーク幹事会により実施が決定しました。募集要領の「沢登り教室開催のお知らせ」には、目的として

  1. 沢登りの基本を教える。沢登り愛好者を増やし、沢登りの底辺を広げる
  2. リーダー層の育成、青年層の参加及び沢技術の継承
  3. 都連盟会員及び各会の交流

が挙げられている。

参加資格は「山岳保険に加入していること。家族が沢に行くことを承知していること」。

カリキュラムは、2回の机上講習で沢登りの装備や地形図について学び、実技講習は、第1回を西丹沢・小川谷廊下、第2回を奥秩父・古礼沢で行なう予定であった(ただし、第1回は、天候不良のため中止になりました)。

教室には5人の申し込みがあり、7月23日前夜からの古礼沢に参加したのは、小野さんや講師を含めて、計9人パーティであります。

小野さんは09年度の「沢登り教室」に参加し、机上講習3回、実技講習1回(小川谷廊下)を受講した(その後、沢ネットワークのナルミズ沢にも参加)。

登山歴は6年あまりで、都連盟の「09年度初級岩登りコース」を修了する等岩登りの経験もあり、一般的な登山者としての知識や経験はほぼもっていた。

沢登りについては、この1年間で8回ほど入渓しているが、1級程度の容易な沢が主で、技術的には初級者レベルといってよく、「連れていってもらう」という認識が強かった。

出発から事故発生まで 朝6時に起床、各自ストレッチを行なう。この際、個人装備や服装の点検は、「装備は持っているよね」と口頭で行った。

6時45分、出会いの丘を出発。12時45分に釣橋小屋跡に到着。事故現場手前である8m滝を左岸から越えて、出会いの丘を出発してから9時間を過ぎて4m滝下台地に到着したのが、16時ごろ。

ビバーク地点選定を考慮すべき時刻といえるが、そのまま当初の幕営予定地である古礼沢出合に向かった。

事故発生時の状況 今回の核心部といわれる4m滝から2m滝へのトラバースに入った。このときのパーティの配置は、トップに講師(リーダー)のAさん、続いて小野さん、その後(右岸台地付近)に受講生とスタッフが待機していた。

まず、Aさんが、ロープを出すことなく4m滝左壁に取り付いた。小野さんも続いて登り始める。

小野さんが4m滝を登り終えたところで、Aさんは「自分が2m滝のトラバースを終えるまで待つように」との指示を出した。

小野さんはその場で待機。Aさんはトラバースを終えたが、2m滝右岸には残置の固定ロープやスリングが豊富にあるため、それらを使って通過すれば問題ない、と判断した。

16時5分ごろ、小野さんは残置固定ロープを伝ってトラバースを開始。足場が滑りやすい垂直部分にさしかかったとき、小野さんは足を滑らせた。つかんでいたロープに一瞬ぶら下がったが、すぐに手を離してしまい、滝つぼに滑落した。

小野さんは、激しい水流にもまれて何度も浮き沈みを繰り返した。背中のザックが浮き上がり、頭を押さえつけられ、頭をうまく上げられない状態になった。

Aさんが自分のロープを取り出して投げると、小野さんはロープをつかむことができたが、水流が強いため、小野さんを引き上げることができなかった。

4m滝下で待機していたスタッフのBさんは、異変を察知し、ザックを下ろして4m滝を登ると、自己確保をとらないまま小野さんを救助すべく滝つぼに飛び込んだ。

小野さんの体を支えようとしたが、水深が深く、足が届かず支えきれなかった。そしてここで、Bさんは、自らがおぼれる危険性に直面する。

残るスタッフのCさんとDさんは、Bさんに続いて空身で4m滝を登った。残置固定ロープをつかみながら他方で小野さんのザックをつかみ、滝つぼから引き上げようとしたが、小野さんが沈まないようにするだけで精一杯であった。

このとき、小野さんは水に顔をつけた状態で、体を動かすなどの反応はなかった。

このままでは引き上げられないと判断し、小野さんを4m滝の下に落として、4m滝下からの救助を行なうことにした。

Dさんが、小野さんのザックを持って流れに乗せるように滝下に落とした。4m滝を落ちた小野さんは、そこで受講生のEさんに確保され、中州に引き上げられた。小野さんが滝つぼに滑落してから約15分後のことだった。

そのころBさんは、滝つぼの流れにのまれ、何度か回転した後、4m滝の落ち口付近まで流れてきたところをCさんにより確保され、なんとか這い上がった。Bさんに意識はあったが、軽度の低体温症に陥っていた。

Dさんは、すぐに中州まで下り、小野さんの意識と呼吸がないことを確認。ただちに人工呼吸をはじめとするCPR(心肺蘇生法)を開始した。

途中で、中州から右岸台地に移動させ、交代で3時余り行なったものの、19時23分、回復の見込みがないためCPRを打ち切った。

事故発生後の行動 17時40分ごろ、AさんとDさんは救助要請のため、携帯電話、無線が通じる古礼沢上部~稜線に向けて出発。

AさんとDさんは、その日は古礼沢のゴルジュでビバーク。翌朝、登山道に出たところで携帯電話で埼玉県警に救助要請をした。

そのほかのメンバーは、4m滝下右岸台地にとどまり、小野さんをテントに収容した後、ビバーク。


(2)事故検証・問題点について
今回の事故は、複合的な要因が重なって発生し、死亡事故に至ってしまった。

  1. ロープでの確保の問題
  2. 今回の事故の最大の原因といえる。小野さんが水没した直接の原因は残置固定ロープから手を離したことだが、そもそも講師陣がロープで確保するか、残置固定ロープを使って自己確保していれば、命を落とすことはなかった。

    事故現場の滝つぼは、幅2~3m、長さ5~6mほど。深さは推定で2~3mほど。両側が切り立ち、表面は手がかりがなく、つるつるした状態。約2mのトラバースである。

    沢登りガイドブック『東京起点沢登りルート120』(宗像兵一編著・山と溪谷社・10年刊行)には、「残置ロープを伝う腕力勝負。不安なら確保のうえ空身で」と書かれている。

    この先の古礼沢そのものは、「奥秩父らしい苔とナメが美しい源流部の渓となる」とあり、技術的に困難な場所はなく、この場所が今回のルートの核心部なのは間違いない。また、この山行が「沢登り教室」であったことも忘れてはならない。

    初心者に対し、「登りの基本を教える」ための「教室」ならば、ここでロープを出すべきだった。

    ではなぜロープを出さなかったのか。3つの要因を挙げられる。

    第一に「初級者への配慮不足、装備の確認不足」。本山行が前述のような「教室」であるのなら、講師陣は、常に受講生に注意をはらい、サポートし、パーティの安全の確保を最優先にしなければならなかった。

    しかし、今回の講師陣は、受講生たちの実力や装備を充分把握している状態とはいえなかった。

    第二に「行動予測が十分でない」こと。事故現場到着が16時近くであり、予定幕営地まであと1時間以上かかることが予想され、パーティに焦りが生じていたと思われる。

    また、講師へのヒアリングによると「事故現場の通過にあたって特に自己確保やロープによる確保は必要ない」との回答もあり、この場所の危険性に対する認識が甘かったともいえる。

    第三に「エスケープ・ルートの軽視」。釣橋小屋跡からのエスケープルートを目視で確認はしたが、万一の際にも利用することは想定していなかった。

    つまり、同ルートを戻るか、先に進むか、という選択肢しかもっていなかったことになる。

    以上の3点により、このわずか2~3mの通過でロープを出し、ひとりずつ確保しながら通過した場合、予定幕営地到着が遅くなることを恐れたパーティは、短時間での通過を優先させたと思われる。

  3. 救助の問題
  4. 小野さんが滑落したとき、Aさんがとっさに自分のザックからロープを出したが、水勢が強く引き上げられなかった。

    小野さんは、ザックに頭を押さえつけられ顔を上げられない状態になっていた。とすれば、ウエストベルトを外すか、ザックそのものを体から離すように指示する事も考慮すべきであった。

  5. 講師陣側の問題
  6. 上記2点の要因にも絡んでくるが、講師陣による、受講者に対する安全確保やフォロー体制、意思疎通が不充分であった。

    たとえば、受講者の装備や重量のチエックや確認が不足、又、疲労度への配慮が欠けていた。装備面でいえば、小野さんは、計画書上で5個とされているカラビナを、13個も携行していた。

    そのほか、多くの余剰荷物が事故後の回収で判明しており、これらを事前に確認しておけば、装備の軽量化が図られ、疲労度合いも異なっていたと思われる。

  7. 残置物の問題
  8. 日本において入渓者の多い沢では、残置ピトンや残置ロープなどが多く見られる。

    今回の現場でも残置物として、トラロープ、古い登山用ロープ、針金等があり、0.5~1m間隔でピトンが打たれていた。

    残置物がたくさんあることで、ロープを出さなくてもよいという判断に結びついた可能性はある。 都連盟としても不適切な残置物撤去を働きかけていくべきである、と提案する。

  9. コース選定の問題
  10. 今回の沢登り教室において、古礼沢は予定では、第2回実技山行に該当していた。

    しかし、第1回実技山行の小川谷廊下が中止になっており、実質的にはこの古礼沢が初めての実技山行になった。

    前出の『東京起点沢登りルート120』において滝川本流~古礼沢は、遡行グレード2級(中級者向け)、総合グレード中級とされている。

    総合グレード中級の定義は、「1)沢登りの経験が豊富で、沢下降の経験がある程度あり、2)遡行グレード2級以上の技術をもち、3)泊まりの装備を背負って沢を遡行できる体力のある者」となっている。

    今回の沢登り教室が、初心者向けの沢登り教室であることを考えると、初心者に相応しいもっと適切なレベルの沢を選ぶ選択肢もあったと思われる。

  11. エスケープルートの問題
  12. 今回の滝川本流~古礼沢のルートにおいて、エスケープルートと呼べるものは、釣橋小屋跡から、黒岩尾根へ至るトラバース道のみであった。

    このトラバース道については、釣橋小屋跡を通過する際に入口を目視で確認していた。

    しかし、今回の事故発生後、残ったメンバーの下山に当該エスケープルートを使うかどうか検討したところ、「道が使えるかどうか不明なので全員で沢を登ることにした」とDさんが答えている。

    Dさんには、08年の沢登り教室(奥秩父・水晶谷)において、負傷者が出た際にこのルートを使用し下山したが、途中で道がわからなくなってしまった経験があった。

    この経験があるなら、古礼沢を沢登り教室のルートとして選定した時点で、事前にトレースし、使えかるどうか確認すべきだった。

    もし使えることがわかっていれば、AさんとDさんは事故発生当日のうちに出会いの丘に下山し、公衆電話などによって通報を行なうことも充分に可能だったと考えられる。

  13. 組織的な問題
  14. 07年から開始された沢登り教室であるが、教室の運営そのものについて、08年の時点でいくつかの問題点が指摘されていた。

    参加者のスキルに差があり、そのスキルに対応する講師の準備がなされていない、滝の途中で待機する際に自己確保をせず指示もなかった、などである。

    これらの批判を受け、Dさんは「東京沢教室カリキュラム」を作成したが、それは都連盟の理事会などへの提案もされず議論されることもなかった。

    10年の沢登り教室については、計画段階から実施まで都連盟の教育部や理事会が介在した痕跡がほとんどない。

    さらに、沢登り教室の登山計画書は、講師責任者の所属山岳会にしか提出されず、都連盟教育部や理事会には出されていなかった。

    つまり、都連盟主催の山行にもかかわらず、ごく一部の理事しかその詳細を知らないうちに山行が実施されていた。

これらの事柄から、遭難事故調査委員会は都連盟理事会に対し事故再発防止に向けて、改善に対する提言を行った。(以下詳細は「遭難事故報告書」を参照ください)

以上

東京都勤労者山岳連盟