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今年、労山は創立50周年を迎える。
伊藤正一、松本善明、深田久弥、田中澄江、谷口千吉さんら16人の発起人の呼びかけで1960年5月、個人会員制の「勤労者山岳会」が結成された。これが労山のルーツである。
当時、岳連(日山協)や日本山岳会が登山界をリードしていたのだが、ハイキングの域を出るか出でないか程度の登山しかできないくせに、鼻柱ばかり強くやたら理屈っぽいとか、思想的に偏っているとかいうような見方、いわば異端視された時期もあった。
しかし、63年から現在のスタイル--連盟組織に脱皮して以降、「登山は国民の権利」「万人に開かれた労山」を標榜し、さまざまな困難を乗り越えて前進してきた。
国内外の登山の質の向上、自然保護への熱心な取り組み、遭対基金の設立、雪崩講習会の継続的開催などは画期的な成果であった。
アジア山岳連盟への加盟、国際山岳連盟安全委員長ピット・シューベルト氏の招請の講演会。02年国際山岳年富士山エコフォーラムの主管などといった新たな分野での前進も果たした。
自前の事務所も建設した。700団体、 25,000人に迫る会員を擁した時期もあった。登山界における存在感も高まった。日山協や日本山岳会、日本ヒマラヤ協会などとの協力・協同関係も発展した。伊藤さんたちが挑んだ壮大な実験が実を結んだわけである。
だが、日本登山界が高齢化の進行や個々の山岳会の弱体化などといった深刻な事態に直面しているのと同様、われわれ労山も会員の大幅減少に象徴されるように、“たそがれ”ともいえる状態に立ち至っていることを指摘しておきたい。労山の存在意義が問われているといいかえてもよい。
そこで浮上したのが、労山の生き残りをかけた個人会員制度の導入である。私が全国理事長時代に提案した際、大方の賛同を得ることができず、“棚上げ”になった経緯があるが、先日の全国総会での議論を聞いていると、残念ながら7,8年前の議論の繰り返しという印象を強くせざるをえなかった。
たとえば、主な反対論は
- 山行管理ができない
- 遭難しても責任を負えない
- 教育ができない
- 会費が安くなるうえに運営に参加しなくてもよくなるから会員の流出を招く
- 世話の実務が大変
- 遭対基金目当ての個人会員なんかいくら増えても力にならない。
等々だが、
- 遭対基金の交付申請の分厚い束が物語るように、現存する会やクラブでの“山行管理”なるものがどれだけ徹底しているのか。それが事故防止の実質的な力になっているのか。
- 独力で遭難救助がやれるところがあるのか。ほとんど100パーセント公的機関のヘリや救助隊の手で助けられているのが実態ではないか
- 系統的・持続的な会員教育に取り組んでいるところがあるのか。技術論、用具論、登山史、登山思想史、労山史などが語られているのを、絶えて久しく聞いたことがない。面白くてためになる山の本ははいて捨てるほどあるが、山の本の話などもまるで聞こえてこない
- 高々100円か200円安くなっただけで個人会員に逃げていくような会員が出るのか。普段そんな情けない、魅力のない会運営をやっているのか。仲間もパートナーもできない会なのか。会を見下した考えだ。
- 実務が大変だというが、新しいことに挑戦するのだから当然ではないか。面倒くさがってはなにもすすまない。
- 基金目当てでも受け入れる、懐の深さが創立以来の労山の精神である。
いろんな反対のための口実をもうけて、数百万人の未組織登山愛好者に手を差し伸べないような労山だったらないほうがいい。
登山者のためになることなら何でもやるのが労山なのだ。個人会員制導入に反対するのは未知・未踏のルートの前に立ったとき、急に恐ろしくなって1ピッチも登らないまま逃げて帰ってしまうのと同じである。
個人会員制はあらたなる壮大なるチャレンジ、壮大な実験である。労山に課せられた社会的使命でもある。都連盟が全国の先頭に立って奮闘していただきたい。
平成22年3月7日
東京都勤労者山岳連盟 総会挨拶
会長 西本 武志 |